この言葉はまさにそのコアユーザーたる大学生にとってかなり大きな言葉であるようで、インターネットですこし検索すると、この言葉について分析を試みた卒論が山のように出現する123。たった一つの言葉が地理的ないしは心理的に遠く離れた場所にいる著者と私とを結んだのであるから、パターン化こそされていない4が、これもまた背景に横たわる耽美な物語を示唆させる断片的な情報として、「エモ」とカテゴライズできるだろう。
それでは、地理的にも心理的にも、あるいは分野的にも隔絶された上記三報の著者のような人たちが、そろって「エモい」という言葉をテーマに論文を書いたのだろう。 ここで、三省堂の「今年の新語」に入選した言葉のそれぞれについてGoogle Scholarで調べて何かを言ってみてもいいのだが、いったん、私の主張を最前面に押し出すこととする。
それは、「エモい」という言葉が呪いだからである。
なお、このレポートは第5回深夜の真剣レポート60分一本勝負「呪い(のろい/まじない)」に寄せて書かれた。
「エモい」とは、留保の言葉である。
我々はどのようなときに「エモい」という言葉を使うか。 赤茶けた照明の純喫茶で、窮屈な椅子に身体を曲げて座りながら、レトロで人工的なグリーンのクリームソーダを楽しんでいるとき? 中古屋で買った埃っぽいフィルムカメラの巻き上げレバーの音を聞き、いざシャッターを切らんといつもの街を歩いているときか? 恋人の家の狭いシングルベッドの輪郭がだんだん見えるようになってきた朝焼け、妙に冴えた目と少し重い頭に気分が高揚しているときか? 少し違う。
これらを切り取り、いつか思い出すべき記憶として脳にその瞬間を焼き付けようとしたまさにその一瞬。 エモいという言葉は、その瞬間を、まさにその瞬間のまま留め置くための言葉である。
「エモい」という言葉は、大学生内外から散々な批判を受けている。 曰く、言語化を加速しろ、極限まで共有されており、陳腐そのものである、云々。 しかし、これに類する要求は、ただ一貫して、それは「エモい」の本質を損なう言葉である、としてすぐさまはねのけられねばならない。
「エモい」の本質とは、留保である。 判断の限界を引き延ばし、問いを反復させ、現在、そして将来を通して、自身の持ちうるあらゆる感性からの評価を対象に強いる。 あなたがそれを「エモい」と形容するとき、それはいずれ思い出される対象として「エモい」のである。 単一のエピソード化によって対象を消費せず、「エモ」さをキーにして繰り返されるエピソード化の試行を反復する。 そして、都度ふたたび「エモ」さを付与することで、対象は消費を留保される。 留保によって、その記憶は言語化と忘却の圧力から逃れ続けることになる。 あらゆる対象を「エモい」の一語によって非-言語的な方法で留め置く。 これは言語の絵画的な方法である。
そして、絵画的な方法によって、そこに描写されていない耽美な物語を想起させる5。 これが「エモい」というまじないの力なのである。
我々は「エモい」という言葉を、それそのものの作用によって何度も反復させられる。 それは、獲得した思い出を消費の圧力から守るために我々がこの言葉に付与した呪いの力によってである。 この「エモ」さの対象に触れさせない圧力が、逆説的に我々に「エモ」という言葉そのものに対する言及を強いるのである。
「エモい」という言葉が示すものは、極端に個人的な領域にとどまり続ける言葉であり、誰かがあなたに向けて発する「エモい」という言葉は、その意味で極端にパーソナライズされた言葉なのだ。
青山凌大 and 西口純代, “「エモい」という感情に関する考察,” 言語処理学会年次大会発表論文集, vol. 29, pp. 7–13, Mar. 2023, Accessed: Nov. 09, 2024. [Online]. Available: https://www.anlp.jp/proceedings/annual_meeting/2023/pdf_dir/P7-13.pdf ↩
大上真礼, “大学生はいつ「エモい」と感じるか,” 感情心理学研究, vol. 31, no. Supplement, pp. 1-04, 2023, doi: https://doi.org/10.4092/jsre.31.Supplement_PO1-04. ↩
浦野智佳, “情動を表現する切り口としての「エモい」,” Core Ethics, vol. 19, pp. 13–24, 2023, Accessed: Nov. 09, 2024. [Online]. Available: http://www.r-gscefs.jp/wp-content/uploads/2023/04/%E3%82%B3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9vol.19%EF%BC%8F01%E8%AB%96%E6%96%87%EF%BC%BF02%E6%B5%A6%E9%87%8E-%E6%99%BA%E4%BD%B3%E3%81%95%E3%81%BE.pdf ↩
薺, Jan. 08, 2023. https://x.com/_capsella_/status/1611892581537058816 (accessed Nov. 09, 2024). ↩
この言葉がしばしば若年層向けのマーケティングに愛用されるのは、広告主が彼らとは隔絶された位置にいても、この言葉が顧客の記憶に直接アクセスしてエピソード記憶野を刺激し、彼らにとって反復すべき思い出、すなわちよい思い出を想起させ、それをそのまま製品への好印象に繋げることができるからである。我々は邪悪な資本主義の吊り橋を寸断し、工業の力によって頑強で柔軟な橋を架けなければならない。 ↩
2024-11-09, 書いた人: 宇田
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